MySQL HeatWave on AWSは、トランザクション処理(OLTP)、分析(OLAP)、AI機能を統合したフルマネージドデータベースサービスです。本記事では、その特徴や料金体系、Amazon AuroraやRDSとの具体的な違いを徹底比較。AWS環境での導入メリットから、PrivateLink設計などの注意点までを網羅的に解説します。ETL不要で実現するリアルタイム分析とTCO削減の可能性を理解し、最適なデータベース選定の判断材料を得られます。
1. MySQL HeatWaveとは
MySQL HeatWaveとは、Oracle社が開発・提供する、トランザクション処理(OLTP)、分析(OLAP)、AI・機械学習機能を単一のMySQLデータベースに統合したフルマネージドのデータベースサービスです。 MySQLのインメモリ・クエリ・アクセラレータである「HeatWaveエンジン」を追加することで、従来は別々のデータベースで構築する必要があった異なるワークロードを、一つのデータベースで高速に処理できる点が最大の特徴です。 これにより、システムのアーキテクチャが簡素化され、データ移動の手間やコストを削減しつつ、リアルタイムでのデータ活用が可能になります。
1.1 OLTPとOLAPを統合するHTAPの特徴
ビジネスの現場では、日々発生する取引データを処理する「OLTP」と、蓄積されたデータを分析して意思決定に役立てる「OLAP」という、性質の異なる2つのデータベース処理が存在します。従来、これらは別々のシステムで管理されており、OLTPデータベースから分析用のデータウェアハウス(DWH)へ定期的にデータをETL(Extract, Transform, Load)処理で移動させる必要がありました。 この方式では、分析できるデータが最新のものではなく、ETL処理の構築・運用にもコストと時間がかかるという課題がありました。
MySQL HeatWaveは、この課題を解決する「HTAP(Hybrid Transactional/Analytical Processing)」アーキテクチャを採用しています。 トランザクション処理は従来のMySQLエンジン(InnoDB)が担い、分析クエリはインメモリで超並列処理を行うHeatWaveエンジンが自動的に処理します。 InnoDBで行われたデータ更新はリアルタイムでHeatWaveエンジンに反映されるため、ETL処理を介さずに、常に最新のデータに対して高速な分析を実行できます。
項目 | OLTP (オンライン・トランザクション処理) | OLAP (オンライン分析処理) |
主な目的 | 日々の定型的な取引処理(登録・更新・削除・参照) | 大量データの集計・分析による意思決定支援 |
処理対象 | 個別のレコード | 大量のレコード群 |
アクセスパターン | 高頻度の短いトランザクション | 低頻度で複雑なクエリ |
データ構造 | 正規化された行指向データ | 非正規化された列指向データ(カラムナ) |
代表的なシステム | 勘定系システム、ECサイトの注文管理 | データウェアハウス(DWH)、BIツール |
1.2 AI機能(AutoML・ベクトル検索)の内蔵
MySQL HeatWaveは、高速な分析基盤であるだけでなく、データベース内にAI・機械学習機能をインデータベースで実装しています。 これにより、分析と同様に、データを外部のAI/MLサービスに移動させることなく、使い慣れたSQLインターフェースを通じて高度なAI活用が可能になります。
主なAI機能として「MySQL AutoML」と「ベクトル検索」があります。
- MySQL AutoML
MySQL HeatWave AutoMLは、機械学習の専門知識がなくとも、予測、異常検知、レコメンデーションといったモデルを構築・トレーニング・利用できる機能群です。 モデルのアルゴリズム選択、特徴量エンジニアリング、ハイパーパラメータチューニングといった複雑なプロセスを自動化し、SQL関数を呼び出すだけで推論やモデルの説明(予測の根拠)まで実行できます。 データがデータベース内で完結するため、セキュリティリスクを低減し、迅速なモデル開発を実現します。 - ベクトル検索 (Vector Store)
生成AIの分野で注目されるRAG(Retrieval-Augmented Generation)などを実現するための核となる技術がベクトル検索です。 MySQL HeatWaveは、テキストや画像などの非構造化データを「ベクトル」と呼ばれる数値の配列に変換し、その類似度に基づいて高速に検索するベクトルストア機能を内蔵しています。 これにより、従来のキーワード検索では難しかった、意味的に類似したドキュメントの検索や、高度なQ&Aシステムの構築などが、MySQLデータベース内で可能になります。
1.3 運用を省力化するAutopilot
MySQL HeatWave Autopilotは、機械学習を活用してデータベースのプロビジョニングからクエリ実行、障害対応に至るまで、運用タスクを自動化・最適化する機能です。 これにより、データベース管理者(DBA)や開発者は、煩雑なチューニング作業から解放され、アプリケーション開発に集中できます。 Autopilotは追加料金なしで利用可能です。
Autopilotが提供する主な自動化機能には以下のようなものがあります。
- 自動プロビジョニング: 分析対象のデータをサンプリングし、ワークロードに最適なHeatWaveクラスタのノード数を予測・推奨します。
- 自動並列ロード: HeatWaveへのデータロード時に、テーブルごとに最適な並列度を自動で決定し、ロード時間を短縮します。
- 自動クエリ計画改善: 実行されたクエリの統計情報を学習し、より効率的な実行計画を自動で生成することで、使えば使うほどパフォーマンスが向上します。
- 自動データ配置: クエリのパフォーマンスが最適になるよう、メモリ内でのデータの配置を自動で調整します。
- 自動エラーリカバリ: ノードに障害が発生した場合でも、迅速に検知し、自動で復旧処理を行います。
これらのインテリジェントな自動化機能により、専門的な知識がなくともMySQL HeatWaveのパフォーマンスを最大限に引き出し、安定した運用を実現できます。
2. MySQL HeatWave on AWSの独自機能
MySQL HeatWave on AWSは、単にAWSのインフラ上でMySQL HeatWaveを提供するだけでなく、AWSのエコシステムと深く連携し、その能力を最大限に引き出すための数々の独自機能を搭載しています。これらの機能は、データ活用の幅を広げ、運用を効率化し、セキュリティを強化することで、ユーザーに大きな価値を提供します。
2.1 Amazon S3を直接クエリできるLakehouse
MySQL HeatWave on AWSの最も強力な機能の一つが「HeatWave Lakehouse」です。これは、Amazon S3のオブジェクトストレージに格納されたデータを、MySQLデータベースにロードすることなく直接クエリできる画期的な機能です。 これにより、データウェアハウス(DWH)とデータレイクの利点を統合した「レイクハウス」アーキテクチャを容易に実現できます。
従来、S3上のデータを分析するには、ETL(Extract, Transform, Load)処理を行い、分析用のデータベースにデータをコピーする必要がありました。HeatWave Lakehouseはこの手間を完全に排除します。 MySQL内のトランザクションデータと、S3上のCSV、Parquet、Avro、JSONといった多様な形式の非構造化データを、単一のSQLクエリでシームレスに結合して分析できます。 これにより、ETLパイプラインの構築・運用コストを削減し、常に最新のデータに基づいたリアルタイム分析が可能になります。
2.2 GenAI・ベクトル検索のインデータベース化
MySQL HeatWave on AWSは、生成AI(GenAI)の活用に不可欠なベクトル検索機能をデータベース内に統合しています。 「HeatWave Vector Store」と呼ばれるこの機能により、テキストや画像などの非構造化データをベクトル化し、類似性検索を高速に実行できます。
この機能の最大の利点は、外部の専門的なベクトルデータベースやAIサービスを別途契約・構築する必要がないことです。使い慣れたMySQLのSQLインターフェースを通じて、大規模言語モデル(LLM)と連携した検索拡張生成(RAG)システムを容易に構築できます。 アプリケーション開発者は、データ移動に伴う複雑さやセキュリティリスク、コストを心配することなく、セキュアなデータベース環境内で高度なAI機能を活用したアプリケーションを迅速に開発できます。
2.3 Autopilotによる自動最適化
Autopilotは、機械学習(ML)を活用してシステムのパフォーマンスを自動的に最適化するMySQL HeatWaveの中核機能です。 MySQL HeatWave on AWSにおいても、このAutopilotがAWS環境に最適化された形で提供され、データベース管理者の運用負荷を劇的に軽減します。
Autopilotは、プロビジョニング、データロード、クエリ実行、障害処理といったライフサイクルのあらゆる側面を自動化します。 これにより、専門家による手動のチューニングを行うことなく、常にワークロードに応じた最高のパフォーマンスとコスト効率を維持することが可能になります。
Autopilotの主要機能 | 説明 |
Auto Provisioning(自動プロビジョニング) | ワークロードを分析し、最適なHeatWaveノードの数とサイズを予測・推奨します。 |
Auto Parallel Load(自動並列ロード) | S3やMySQLからのデータロードを最適に並列化し、ロード時間を最小化します。 |
Auto Query Plan Improvement(自動クエリ計画改善) | クエリの実行計画を学習し、より効率的な実行プランを自動的に生成してパフォーマンスを向上させます。 |
Auto Data Placement(自動データ配置) | クエリのパターンに基づいて、HeatWaveクラスタ内でのデータ配置を最適化し、ノード間の通信を削減します。 |
Auto Error Recovery(自動エラー回復) | MySQLノードに障害が発生した場合でも、HeatWaveクラスタを自動的に再起動し、データをリロードして迅速にサービスを復旧させます。 |
2.4 AWS PrivateLinkによるプライベート接続
エンタープライズシステムにおいて、セキュリティは最優先事項です。MySQL HeatWave on AWSは、AWS PrivateLinkに対応しており、お客様のVPC(Virtual Private Cloud)からインターネットを経由せず、セキュアなプライベート接続を実現します。
VPCエンドポイントを作成することで、AWSネットワーク内で完結する閉域網接続を確立できます。 これにより、データ漏洩のリスクを最小限に抑え、パブリックなエンドポイントを管理する必要がなくなります。特に、金融機関や官公庁など、厳しいセキュリティ要件が求められるシステムにおいて、この機能は不可欠です。また、インバウンドレプリケーションもPrivateLink経由でセキュアに実行可能です。
2.5 運用・セキュリティの統合
MySQL HeatWave on AWSは、AWSが提供するネイティブな運用・セキュリティサービスとシームレスに統合されています。これにより、AWSを使い慣れたユーザーは、既存の知識やツール、運用フローをそのまま活用して、効率的かつ安全にデータベースを管理できます。
具体的には、Amazon CloudWatchによる監視、AWS Identity and Access Management (IAM)による認証・認可の一元管理、AWS Key Management Service (KMS)を利用した高度な暗号化キー管理などが可能です。 また、データマスキングや匿名化、データベースファイアウォールといったMySQL Enterprise Edition由来の高度なセキュリティ機能も標準で提供されており、AWS環境上で多層的なセキュリティと統合されたガバナンスを実現します。
3. Aurora MySQL・RDS MySQLとの違い
AWS上で利用可能なMySQL互換データベースとして、MySQL HeatWave on AWS、Amazon Aurora MySQL互-dition、そしてAmazon RDS for MySQLは、それぞれ異なる特徴と最適なユースケースを持ちます。これらのサービスのアーキテクチャや機能、料金体系の違いを理解することは、自社の要件に最も合致したデータベースを選択する上で極めて重要です。
3.1 アーキテクチャと設計思想の比較
3つのサービスは、その根底にあるアーキテクチャと設計思想が大きく異なります。MySQL HeatWave on AWSがトランザクション処理と分析処理の融合を目指す一方、AuroraとRDSは主にトランザクション処理(OLTP)の効率化と運用負荷軽減に焦点を当てています。
MySQL HeatWave on AWSは、OLTPを担うMySQLノードと、OLAP(分析処理)を担うインメモリのHeatWaveノードが連携するHTAP(Hybrid Transactional/Analytical Processing)アーキテクチャを採用しています。 これにより、ETL(Extract, Transform, Load)処理を介さずに、トランザクションデータをリアルタイムで高速に分析できる点が最大の特徴です。データはMySQLノードからHeatWaveノードへ自動的かつ即座に同期されます。
Amazon Aurora MySQLは、コンピュート(DBインスタンス)とストレージを分離した、クラウドネイティブなアーキテクチャを持っています。 ストレージ層は複数のアベイラビリティゾーン(AZ)にまたがってデータを6重に複製し、高い可用性と耐久性を実現しています。この設計により、OLTPワークロードにおける高いパフォーマンスとスケーラビリティを追求しています。
Amazon RDS for MySQLは、従来のMySQLアーキテクチャをベースにしたマネージドサービスです。 コンピュートとストレージ(Amazon EBS)が一体となった構成で、オンプレミスのMySQLからの移行が容易であることが利点です。パッチ適用、バックアップ、監視などの運用タスクをAWSが管理します。
サービス | アーキテクチャ | 主な設計思想 |
MySQL HeatWave on AWS | HTAP(OLTP + OLAP統合)アーキテクチャ | 単一データベースでのリアルタイム分析とトランザクション処理の両立 |
Amazon Aurora MySQL | コンピュートとストレージの分離アーキテクチャ | クラウドネイティブな設計による高いスケーラビリティ、可用性、パフォーマンス(OLTP特化) |
Amazon RDS for MySQL | 従来のMySQLアーキテクチャ | 標準的なMySQLの運用負荷を軽減するフルマネージドサービス |
3.2 分析・AI機能の違い
分析やAI(機械学習)機能の統合レベルは、3つのサービス間で最も顕著な違いが見られる点です。
MySQL HeatWave on AWSは、データベース内に高速分析エンジン、AutoML(自動機械学習)、ベクトル検索といった高度な機能を標準で内蔵しています。 これにより、アプリケーションは追加のサービスや複雑なデータパイプラインを構築することなく、SQLインターフェースを通じてこれらの機能を利用できます。データの鮮度を保ったまま、リアルタイムでの予測分析や類似検索が可能になります。
Amazon Aurora MySQLも、Amazon SageMakerとのゼロETL連携やAurora ML、ベクトル検索機能などを提供していますが、これらはAWSの他のAI/MLサービスとの連携を前提としています。 データベース単体で完結するHeatWaveとは異なり、AWSエコシステム全体を活用するアプローチです。
Amazon RDS for MySQLには、標準では高度な分析やAI機能は組み込まれていません。これらの機能を実現するには、Amazon Redshift(データウェアハウス)、SageMaker(機械学習)、Amazon OpenSearch Service(ベクトル検索)など、外部の専門サービスとETLパイプラインを構築する必要があります。
3.3 データレイク対応の有無
データレイクに保存された大量のデータと、データベース内の構造化データを統合して分析する能力も重要な比較ポイントです。
MySQL HeatWave on AWSは、「MySQL HeatWave Lakehouse」機能により、Amazon S3上のCSVやParquet形式のファイルを直接クエリできます。 これにより、S3のオブジェクトストレージを巨大なデータレイクとして活用し、データベース内のトランザクションデータとシームレスに結合して分析することが可能です。データのロードも高速で、数百テラバイト規模のデータに対応します。
一方、Amazon AuroraおよびRDS for MySQLには、S3上のデータを直接クエリするネイティブ機能はありません。 S3のデータを分析に含めるためには、Amazon AthenaやAmazon Redshift Spectrumといった別のサービスを利用してフェデレーテッドクエリを実行するか、データをデータベースにロードする必要があります。このため、構成が複雑になり、リアルタイム性も損なわれる可能性があります。
3.4 ネットワーク構成と料金モデルの違い
ネットワークの接続方法とコストの考え方も、サービス選定において重要な要素です。
ネットワーク構成において、MySQL HeatWave on AWSはOracleが管理するAWSアカウント上で稼働し、ユーザーのVPCとはAWS PrivateLinkを介してプライベートに接続します。 これにより、トラフィックがインターネットを経由することなく、セキュアな通信が確保されます。 対照的に、Amazon AuroraとRDS for MySQLは、インスタンスがユーザー自身のVPC内に直接プロビジョニングされるため、セキュリティグループやネットワークACLを用いてアクセス制御を行います。
料金モデルにも違いがあります。詳細は以下の表の通りです。
サービス | 主な課金要素 | 特徴 |
MySQL HeatWave on AWS | MySQLコンピュートノード、HeatWaveノード、ストレージ、データ転送量 | 分析処理を担うHeatWaveノードのインスタンス費用が主要なコスト。コンポーネントごとの課金体系。 |
Amazon Aurora MySQL | DBインスタンス時間、ストレージ使用量、I/Oリクエスト数 | I/O量に応じて課金されるモデルが基本(I/O最適化構成も選択可能)。サーバーレスオプション(Aurora Serverless v2)も利用可能。 |
Amazon RDS for MySQL | DBインスタンス時間、ストレージ(EBS)タイプと容量 | シンプルで予測しやすい料金体系。プロビジョンドIOPSを選択すると追加コストが発生。 |
3.5 使い分けの指針
これまでの比較を踏まえ、各サービスがどのようなユースケースに適しているかの指針を以下に示します。
- MySQL HeatWave on AWSが最適なケース
- 単一のデータベースでリアルタイムのトランザクション処理(OLTP)と複雑な分析処理(OLAP)を両立させたい場合(HTAP)。
- ETLパイプラインの構築・運用コストを削減し、システム全体の構成をシンプルにしたい場合。
- データベース内で完結する機械学習(AutoML)やベクトル検索機能を活用したい場合。
- Amazon S3上のデータレイクとデータベース内のデータを統合し、高速に分析したい場合。
- Amazon Aurora MySQLが最適なケース
- 極めて高いスケーラビリティと可用性が求められる、大規模なOLTPワークロード。
- AWSの各種サービス(SageMaker, Redshiftなど)との親和性を最優先し、AWSエコシステム内でシステムを構築したい場合。
- 変動の激しいワークロードに対して、Aurora Serverless v2を活用してコストを最適化したい場合。
- Amazon RDS for MySQLが最適なケース
- 既存のオンプレミスやEC2上のMySQLから、最小限のアーキテクチャ変更で移行したい場合。
- 中小規模のWebアプリケーションや開発・テスト環境など、標準的なMySQLの機能で要件を満たせる場合。
- データベースの運用負荷を軽減しつつ、コストを可能な限り抑制したい場合。
4. MySQL HeatWave on AWS導入メリット
MySQL HeatWave on AWSを導入することで、企業はデータベース運用において多くのメリットを享受できます。トランザクション処理、分析、機械学習、データレイクへのクエリといった複数の機能を単一のデータベースサービスに統合することで、システム全体の効率化とコスト削減を実現します。ここでは、具体的な導入メリットを4つの側面から詳しく解説します。
4.1 スタックの簡素化とTCO削減
MySQL HeatWave on AWSがもたらす最大のメリットの一つは、データベースアーキテクチャの大幅な簡素化です。従来、トランザクション処理(OLTP)と分析処理(OLAP)は、それぞれに最適化された異なるデータベースを組み合わせて構築するのが一般的でした。
例えば、AWS環境ではアプリケーションのバックエンドとしてAmazon AuroraやRDS MySQLを、データ分析基盤としてAmazon Redshiftを、そして両者をつなぐためにAWS GlueなどのETL(Extract, Transform, Load)サービスを利用する構成が考えられます。このアプローチでは、複数のサービスを管理・運用する必要があり、アーキテクチャが複雑化し、コストも増大します。
MySQL HeatWaveは、1つのデータベースで高性能なOLTPとOLAPを両立するHTAP(Hybrid Transactional/Analytical Processing)アーキテクチャを採用しています。これにより、複数のデータベースやETLパイプラインを維持する必要がなくなり、インフラスタックを大幅に簡素化できます。 結果として、以下のようなTCO(総所有コスト)削減効果が期待できます。
削減されるコスト要素 | 具体的な内容 |
ライセンス・サービス利用料 | 複数のデータベース、ETLサービス、データレイククエリサービスの利用料を単一のサービスに集約できます。 |
開発・運用工数 | ETL処理の開発やメンテナンスが不要になります。また、複数のサービスを監視・管理する手間が省け、運用負荷が大幅に軽減されます。 |
データ転送コスト | データベース間でデータを移動させる必要がないため、特にクラウド環境で問題となりがちなデータ転送コスト(Egressコスト)を削減できます。 |
4.2 データ鮮度の向上とリアルタイム分析
従来の分析基盤では、OLTPデータベースから分析用データベースへ定期的にデータをETL処理で転送する必要がありました。この方式では、分析対象のデータは数時間前や1日前のものとなり、リアルタイム性に欠けるという課題がありました。
MySQL HeatWave on AWSでは、トランザクションデータに対するETL処理が不要です。 データはMySQLのストレージ層に書き込まれると、ほぼリアルタイムでHeatWaveのインメモリ層に連携・反映されます。これにより、常に最新のデータに基づいた分析が可能となり、データの鮮度が劇的に向上します。 このリアルタイム性は、以下のようなビジネスシーンで大きな価値を生み出します。
- Eコマース: 顧客の最新の行動履歴に基づいたリアルタイムでの商品レコメンデーション
- 金融: 不正取引のリアルタイム検知と即時対応
- 製造業: IoTセンサーから送られてくるデータをリアルタイムで分析し、予兆保全や品質管理に活用
- 広告配信: リアルタイム入札(RTB)における最適な広告の即時判断
意思決定のスピードがビジネスの成否を分ける現代において、常に最新のデータに基づいたインサイトを得られることは、競合に対する大きな優位性となります。
4.3 運用負荷の軽減
MySQL HeatWaveには、機械学習ベースの自律運用機能「MySQL Autopilot」が組み込まれており、データベース管理者の運用負荷を大幅に軽減します。 これまで専門的な知識と経験を持つDBA(データベース管理者)が手動で行っていた多くのタスクを自動化・最適化します。
MySQL Autopilotが提供する主な機能は以下の通りです。
- Auto Provisioning: ワークロードを分析し、最適なHeatWaveクラスタのノード数を予測・推奨します。
- Auto Parallel Load: Amazon S3などのオブジェクトストレージからHeatWaveへ、最適な並列度で高速にデータをロードします。
- Auto Query Plan Improvement: 実行されたクエリの統計情報を学習し、より効率的な実行計画を自動で生成します。
- Auto Error Recovery: ノード障害が発生した場合でも、処理を中断することなく自動で復旧を試みます。
これらの自律機能により、パフォーマンスチューニングやサイジング、障害対応といった複雑な運用タスクから解放され、DBAはより付加価値の高い業務に集中できます。 また、単一のマネージドサービスとして提供されるため、OSのパッチ適用やバックアップといった日常的な管理業務も自動化されます。
4.4 セキュリティとガバナンス強化
MySQL HeatWave on AWSは、AWSの堅牢なインフラ上で稼働し、MySQL Enterprise Editionが持つ高度なセキュリティ機能を利用できます。 これにより、多層的なセキュリティ対策を実現します。
主なセキュリティ機能とメリットは以下の通りです。
- データ暗号化: 保管時(at-rest)および転送中(in-transit)のデータはすべて自動的に暗号化されます。
- データベースファイアウォール: SQLインジェクションなどのデータベースに対する攻撃をリアルタイムで監視・ブロックします。
- データマスキングと匿名化: 本番データを開発環境やテスト環境で利用する際に、機密情報を保護しつつリアルなデータセットとして活用できます。
- AWS PrivateLinkによるプライベート接続: お客様のVPCとMySQL HeatWaveサービスをプライベートネットワークで接続できます。これにより、インターネットを経由しないセキュアなアクセス経路を確保し、セキュリティリスクを大幅に低減します。
さらに、データを複数のサービス間で移動させる必要がないため、データパイプラインにおけるセキュリティリスクが減少し、データガバナンスが簡素化されます。データが一元管理されることで、誰がどのデータにアクセスしたかの監査も容易になり、企業のコンプライアンス要件を満たす上でも大きなメリットとなります。
まとめ
MySQL HeatWave on AWSは、OLTP、OLAP、AI機能を単一のデータベースに統合したHTAPサービスです。これにより、従来必要だったETLパイプラインや複数の分析用データベースが不要となり、アーキテクチャの簡素化とTCO削減を実現します。特に、Amazon S3上のデータを直接クエリできるLakehouse機能は、AuroraやRDS MySQLにはない大きな利点です。リアルタイム分析やAI活用を低コストかつ低運用負荷で実現したい企業にとって、非常に有力な選択肢となるでしょう。